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紛らわしい「なつめ」の呼び名と「なつめやし」との違い
「なつめ」と「なつめやし」という異なる植物の果実は、同じなつめという俗称で呼ばれているのでとても紛らわしいです。 薬膳素材として使われているなつめは、漢字では「棗」と書きます。 薬膳を学び始めたばかりの方の中には、そもそもなつめが何か知らない人が少なくありません。 薬膳を独学してなつめ(棗)をお店に買いに行き、間違えてなつめやしを購入したことがある人は、読者さまの中にもいらっしゃるかもしれません。「なつめ(棗)」とは
「なつめ(棗)」は薬膳素材でもあり生薬でもあり、クロウメモドキ科の植物の実を乾燥させたものです。 夏に芽が出るから「なつめ」と呼ばれるようになったと言われていますが、正確なことは分かりません。 漢代に表された中国最古の薬学書『神農本草経』には、毎日食べても安心な薬草のひとつとして収載されています。 その実には心(しん)や消化器系統を健やかに保つ働きがあるとして、中国では古代から食べられてきました。 生のうちは緑色で細長い姫りんごのような果実ですが、熟してくるとえんじ色に色づいてきます。 日本ではまだあまり一般家庭に浸透していませんが、今ではスーパーの中華食材コーナーでなつめが売られているのを見かけるようになりました。 デパートの特設売り場で、ナッツやドライフルーツ専門店が次にご紹介するなつめやし(デーツ)などとともに、なつめ(棗)を販売していることもあります。 棗はアメリカのスーパーでjujube と呼ばれているのを見たことがあるのですが、恐らく英語名の由来は学名のZiziphus jujubaから来ているのでしょう。 先日はアメリカ在住の日本人の生徒さまから、「オリエンタルマーケットでなつめを見つけた!」と嬉しそうにご報告を頂きました。 アメリカには中国系の方が多いので、なつめのような薬膳素材は割と手に入れやすいのだと思います。「なつめやし(デーツ)」とは
一方、「なつめやし」は英語名をデーツ(dats)といい、ヤシ科の植物の実を乾燥させたものです。 日本ではおそらく先に中国から日本にわたって来た棗に見た目が似ているので、なつめやしという名前を付けたのだと推測しています。 そのなつめやしは略してなつめと呼ばれることがあります。 このため、もともとのあった棗と後から入って来たデーツが同じ名前で混同されるものだから紛らわしいことこの上なし。 以前も生徒さまが全国展開している大手の輸入食品店で、スタッフにデーツを薬膳の棗と同じものか確認。 お店で同じものだと聞いたので買ったけれど、何だか見た目と味が違うということで、お問合せを頂いたことがありました(笑)。 わたくしもしっかり調べてみるまでデーツのことはよく知りませんでした。 20年くらい前にドバイ旅行した友人からお土産に頂いたことがあるのですが、ものすごく甘くてびっくりしたのを覚えています。 今ではスーパーのドライフルーツ売り場では、デーツを頻繁に見かけます。 棗は皮が固くて食べやすくチップス加工などをしていないと、ドライのままでは皮の破片が口に残って食べづらい感があります。 一方、デーツは皮も実もしっとりと柔らかく、つまむとねっとりした糖分が手に付きますが、そのまま美味しく食べられます。 なつめやしの学名は、Phoenix dactylifera。アラブや北アフリカで主要な栄養源として古代エジプト時代から栽培されてきました。 こうして大元の植物を見てみると実の付き方がずいぶん違うのが分かりますね! 薬膳の専門家を目指す方は、植物系の薬膳素材が同じものか分かりにくいとき、調べるには学名で確認するのがよいでしょう。 恐らく、なつめやしはシルクロード交易で唐代あたりに中国にも渡ったのだろうと推測されます。 しかし、暑い国のヤシ科の植物を栽培するには気候が合わないなど、何らかの理由で中国の食生活には浸透しなかったのでしょう。 薬膳素材辞典の主な情報源となっている李時珍が著した『本草綱目』に、なつめやしは収載されていません。 薬膳素材辞典を探してもデーツが収載されている書籍がほとんどないのはこのためです。なつめやし(デーツ)を薬膳素材として使うならどう解釈するか
では、なつめやしを薬膳作りに生かすにはどうしたらよいのでしょうか。 中医学の食事療法に使われてこなかったなつめやしのような食材デーツ。 デーツを薬膳素材として使うなら、まず現代栄養学の視点から日本食品標準成分表を調べるのがよいですね。 例えば、なつめとデーツを中医営養学(営養は栄養のこと)と現代栄養学の視点で比べながら考えてみましょう。 下表の「四気」は体に感じさせる温熱感、「五味」は味の性質、「帰経(きけい)」はどの臓腑に働きかけるかを意味します。 これらは全て中医学の経験則に基づいた解釈です。 なつめ(棗)の主な作用は中医学の専門用語なので簡単に説明します。 ・「補中益気」は、エネルギーを補給して消化器系統の働きをよくすること。 ・「養心安神」は、心(しん)に血を満たして精神を安定させること。 ・「調和薬性」は、配合された複数の生薬の働きを調和させること。 なつめやしは薬膳素材辞典に収載されていないので、「なし」と記載しています。薬膳素材名 性質・主成分 100gあたり | なつめ(棗) (乾燥) | なつめやし(デーツ) (乾燥) |
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薬膳素材 分類 | 補気 | なし |
四気 | 温 | なし |
五味 | 甘 | なし |
帰経 | 脾 胃 | なし |
主な作用 | 補中益気 養心安神 調和薬性 | なし |
エネルギー Kcal | 294 | 281 |
炭水化物 g | 71.4 | 71.3 |
たんぱく質 g | 3.9 | 2.2 |
脂質 g | 2.0 | 0.2 |
カリウム mg | 810 | 550 |
カルシウム mg | 65 | 71 |
鉄 mg | 1.5 | 0.8 |
亜鉛 mg | 0.8 | 0.4 |
βーカロテン μg | 7 | 160 |
葉酸 μg | 140 | 19 |
『ナチュラル薬膳生活入門編』 『日本食品標準成分表2020年版(八訂)』
ここでは三大栄養素と主なビタミン・ミネラルを選んで比較。 ざっと見ると乾燥させたなつめとなつめやしは、エネルギー補給に役立つ点で似ているのが分かります。 ですから、なつめやしは「補気類」と同じように扱ってよいのではないでしょうか。 体を機能させるミネラルが豊富なので生命活動を円滑にするのにも役立ちます。 大きな違いは、なつめ(棗)のほうが赤血球を生み出すのに必要な鉄分や葉酸が多いこと。 中医学では心血(しんけつ)を満たすと心がリラックスするといわれます。 だから毎月の月経や妊娠で血を消耗しやすい女性に多い貧血ケアに、なつめは薬食同源で使われてきたのでしょう。 一方、なつめやし(デーツ)のほうは、βーカロテンがなつめ(棗)より多いです。 薬理学を含むメディカルハーブの考え方に照らしてみれば、これはデーツの生育環境において理に適っています。 強い日差しにさらされる暑い北アフリカや中近東で、紀元前から食べられてきたなつめやし(デーツ)。 紫外線から自分自身の細胞が錆びるのを守るために、抗酸化力が強いβーカロテンが必要だったのでしょう。 その植物の抗酸化力をわたくし達人間がいただくと、活性酸素を取り除くので老化防止に役立ちます。 このためデーツは緩やかなエイジングを目指す薬膳作りに取り入れるのもよいですね。 《薬膳の専門家》として上級レベルの域に入って来た皆さんが、薬膳素材辞典に収載されていない食材の働きを判断したいなら、こうして現代栄養学も使って比較すると質の高い情報をクライアントさまに提供できるようになります。 「ナチュラル薬膳生活Ⓡ」の養成コースでは必要に応じて科学の視点も交えて、知的好奇心が旺盛な日本の大人女性たちに薬膳学を教えているのですね。 以下は、ここで紹介したなつめ(棗)の中医薬膳学的かつ現代栄養学的な働きのみ見やすくまとめたものです。営養補給系 補気類 なつめ(棗) *体温への作用・味の性質・臓腑への働きかけ・作用* 温 甘 脾 胃 補中益気 養心安神 調和薬性 *栄養素・生理機能成分* 炭水化物 カリウム カルシウム 鉄 亜鉛 βーカロテン 葉酸 |
参考文献 『ナチュラル薬膳生活入門編』 日本食品標準成分表2020年版(八訂)